入院生活120日目、ステロイド療法50日目(離脱期22日目) 退院。181211

昨日の夕方、神経内科S先生が回診に来て、「明日からプレドニン30mg」「明日退院」を一気に告げていった。ある程度目星はついては居たけど、急だなぁ。
前のエントリをさっき(朝5時)までかかって雑に終わらせて、これは退院記念エントリ。身の回りの片付けや諸手続きもあるんで手短に。貯めているこのブログ用のネタもまだ結構あるのだけど時間切れだ。入院記録はこれで終わる。どうしても残したいネタがあったらまた書くけど、それはもう入院記録ではない。あ、再発したら別か。
退院記念はこれだけは書いておきたい「おばあちゃんの梅干し」の件。
おばあちゃんの梅干しについてはこのエントリが初出。俺の好中球回復を助けてくれた魔法の梅干し。それはなかば冗談にしても、しっかり味わって食べてみると唸るほど旨いのは確か。前のエントリでも書いてることだけど、ここの病院食で心底感心するのは、結構な高い頻度で「ほぼ炊きたて」のご飯が「熱々の状態で」供されること。その炊きたてご飯と梅干し・梅紫蘇・梅酢を一緒に食べると、いわゆる粗食が苦手な俺にしては珍しく「これだけあれば充分」と一瞬思う。
次のシーズンには必ず梅干しを仕込もうと考えていて今から情報を集めているのだけど、家族へ尋ねたりもして判ったことはあのおばあちゃんの梅干しは天日干し、いわゆる「土用干し」をしていないそうだ。じゃあ梅干しじゃなくて梅漬けだな。土用干しをしないと日持ちがしないという情報があったが、うちの梅干しはたっぷりの梅酢に使った状態で30年後に問題なく美味しかった。充分だ。京都の料理屋さんなどは、土用干しをすると「ひなた臭さ」が出て料理に使いにくくなると言って干さないそうだ。おばあちゃんは祖父=旦那の父親、ひいじいさんに可愛がられていたそうで、その人は関西の本筋の料理人だったとのことなので、その影響があるのかも知れない。(このあと家人に聞いたが、おばあちゃんの家系も地方でそれぞれ旅館業を営んでいた一族だったそうだ)
子供の頃はご多分に漏れず俺も梅干しの意味は分からなかった。ハンバーグ・カレーより梅干しが好きなんて子供は聞かないし、好きなおにぎりの具で梅干しが上位に入るランキングは子供対象ではないだろう。まぁ、梅干しはあれば仕方なく食う、妙に酸っぱい食い物でしかなかった。大人になってもさほどは変わらない。添えてあれば喰う。自分でわざわざ用意はしない。嫌いでも好きでもない。
それが今回の入院でガラリと変わった。俺は何より中身の伴わない、形式張ったというか、形骸だけの行為が大嫌い。なので食事のときに「いただきます」なんて絶対言わないし、手を合わせたりもしない。ばかじゃないかと今でも思う。やれと言われた子供の頃の記憶を思い出すと、今でも軽い怒りで体温が上がる、と言うか今現在上がっている。
なのに今、毎日、病院食を前にして看護師さんに憚りながら梅干しを用意するとき、油断すると心のなかでいただきますを言い、手を合わせそうになる。本当に心の底からおばあちゃんと梅干しに感謝してしまっている自分に驚く時がある。どうしようもない。本当に旨いのだもの。
食事の順番も変わった。俺は苦手なものから先にやっつける。食事だとご飯が進む、おかずおかずしたものをあとにして、比較的薄味のものから先に食べてしまう。それが今回の入院からと言うか梅干しを食べるようになってから、先に味の濃いものをおかずだけでやっつけちゃって、後から薄味の副菜をおかずに梅干しを添えた炊きたてご飯を食べる。繰り返すけど「唸るほど」旨いんだ! これは加齢による味覚の変化なんかじゃない。ある時、つまり梅干しと出会ったときにはっきりと変わったのだから。そんな加齢変化はないだろう。何かの発作じゃないんだから。

以上、梅干しの件。書き忘れたこともありそうだけど、もう時間がない。退院前に最後に見る朝焼けが今日はスゴく綺麗だ。当然毎日当たり外れがある。この病室は東向で、夕焼けは残照は綺麗なのだけど、ちゃんと楽しめるのは朝焼けだ。お陰で毎日早起きになった。朝食後昼寝するけど。入院患者の特権w

うちのおばあちゃんも年が明ければ98。ボケに惚けて俺のことはわからない。けれど今日久しぶりにあったら、ふざけてではなく、真摯に気持ちを込めて「初めまして、孫のTです。どうぞ宜しく」と頭を下げようと思っている。入院中に梅干しに助けられたお礼と、次の初夏には梅干しの漬け方の細かいとこを何としてでも思い出して教えてもらうつもりだからだ。